四方漱一の人生を決定ずける非道徳なユダヤの教え
* 対立を恐れるな。進歩は対立から生まれる。自分の見解に賛成しない者も大切にしなければならない。
自分のことを褒めてくれたり、自分の言ったことに無条件でYESをいうイエスマンといると居心地がいいものです。
しかし居心地が悪い場所にしか進化はない、ので自分の意見にアドバイスをしてくれる人。自分の見解とは違った
見解を生産性がある状況で持っている人と頻繁に過ごしより機能するものに昇華させていくことを怠ってしまうと
進化が止まってしまいます。
* 人間は誰しも大差はない。
人は平等ではなく対等。常に同じスタートラインであって(生まれた姿を想像したら、全ての人が
言葉も喋れずにすっぽんぽんで生まれます)その後の積み重ねと行動によってのみさが生まれること
を忘れてはいけません。
* 権威を認めるな。
権威というのは、周りがつけたラベルです。人が作ったものであるのを忘れないでください。
判断するのは常に自分の目と自分の頭、事実のみです。
* よく質問をせよ。
〜がいうから間違いない、と鵜呑みにしてしまうのは危険ですし
仮に正しいことであっても理由とともに理解しなければ再現性が失われてしまいます。
常に面倒がらずに質問をして自分自身が理解できるようにしてください。
* 幅広い知識を持て。
自分は使わないから。興味がないから。と他の情報を遮断していては
足し算でしか知識が増えていきません。多くの人が興味を持っている分野なら
話題になり、他の人とコミュニケーションをとるためのツールになります。
他の分野から着想を得て新しいアイディアが生まれることがあります。
喰わず嫌いをせずにどんな職業やどんな考えであっても知識として興味を持って
知っていくことが知識を使いこなしていくためのコツです。
* 自己を世界の中心におけ。
どこまでいってもあなたはあなたにしかなれませんし、死ぬまであなたとしていきてきます。
コントロールできることしかコントロールしない。全ては自己責任のマインドセットを持ち続けることだけが
目的を達成する手段であり、幸福を感じる方法です。
* 集団社会の崩壊。
近年は幸せのロールモデルが崩壊したと感じます。一戸建てマイホームを持って車を買って子供を育てる
のが幸せ、と集団で思えていた頃は追うべきタスクが明確なので幸福を感じやすかったのだと思います。
それが多様化、ネットの発達、社会の変化によって「自分で幸せのメモリ」を定めて追いかけないと
いけない社会になっていきました。個人で幸せを定義して目標を設定して達成していくことが幸せになったからこそ
個人の時代、自分は自分でしか幸せにできないのです。
* ものごとは度をすぎてはいけない。
本来の目的を忘れて数字だけを追うようになってはいけません。
〜〜のための名誉、〜〜のためのお金 だったものが
お金があれば幸せになれる、どれだけ名誉を集めたら幸せになれるとすり替わってしまうと
いつまでたっても本当の幸福を手に入れることができなくなってしまいます。
自分の中で物事に意味を持たせること。意味を忘れずに追いかけていくことが重要になります。